Wilmar Trading Pte Ltd v Heroic Warrior Inc. [2019] SGHC 143
事実
原告は、FOB条件に基づく買主として、パーム油の製品の運送のため、「Bun Chin」号(「本船」)を指名しました。被告は、本船の登録船主です。
上記の貨物の運送に関しては、次の3つの傭船契約が関係していました。被告とSTX Pan Ocean間の最初の定期傭船契約、STX Pan OceanとNHLとの間の再定期傭船契約、及び、NHLとRaffles Shipping International(この会社が原告を傭船者に指名しました。)との間の航海傭船契約です。この3つの傭船契約の内のどれもが、原告と被告との間のものではありません。また、航海が行われませんでしたので、船荷証券も発行されませんでした。船上での事故が、本船が船積みのターミナルにいた間に発生しました。
原告は、被告に対して、本船上での事故を根拠に、貨物の損失について、賠償請求を提起しました。
判決
シンガポール高等法院(訳者注:第1審を担当する裁判所)は、原告と被告との間には契約が存在せず、契約違反はない、としながらも、被告は、過失に基づいて、責任を負う、と判示しました。
契約について
裁判所は、被告は、契約上の運送人として、本船を堪航性を有するものとする義務に違反し、従って、ヘーグ・ヴィスビー・ルールに違反した、とする原告の主張を否定しました。
明示的な契約について
当事者間には、明示的な、運送契約は存在しない、とされました。本件運送に関する上記3つの傭船契約は、原告と被告との間のものではない、とされました。
黙示的な契約について
当事者間では、船主船荷証券ではなく、傭船者船荷証券を発行する意図であったから、黙示的な契約も存在しない、とされました。裁判所は、以下の事情を考慮しました。
1.Raffles Ship Chartering Pte Ltd(Raffles Shipping Internationalの配下で運航を担当する会社)のために契約をアレンジしたブローカーからのイーメールには、「船主の氏名はBL記載のとおり「NHL DEVELOPMENT CO., LTD」」と記載され、また、船荷証券原本の署名と発行を行う代理人は、NHLを代理するSea Ocean Shipping Agency Pte Ltd (Singapore)であることを確認していました。
2.証人によれば、原告は、被告ではなく、NHLにより船荷証券が発行されることを期待していたことが認められました。さらに、被告は、本件の運送につい て、一度も、船荷証券を発行することを求められませんでした。
3.船荷証券の書式においては、貨物に適用される船荷証券にはNHL傭船契約の規定が摂取される、と規定され、従って、最初の傭船契約が船荷証券に摂取される旨の規定がないので、被告との関係での船荷証券はなかったことが示唆されました。
過失について
訴権について
裁判所は、原告は、過失に基づいて訴訟を提起するためには、貨物に係る財産的利益を有することを証明する必要はない、と判示しました。従って、原告が、貨物が船上に置かれた時にその財産的利益を取得したことを証明できないとしても、被告に対して、過失に基づき請求を提起することは妨げられない、とされました。
過失の要素
過失に基づく請求に成功するためには、原告は、被告が注意義務に違反したこと、及び、その違反が原告に損害をもたらした事故を発生させた、又は、寄与したことを証明しなければならない、としました。
裁判所は、次の理由により、被告は原告に対し、注意義務を負う、と判示しました。
1.事実上の予見可能性:実行運送人(performing carrier)として、被告は、その過失により、貨物の損傷のリスクを負うその買主に対して、経済上の損失を負うことを合理的に予見するべきであり、その買主が本件原告である、とされました。
2.法的関連性:被告は、原告との間に契約上の関係を有しないものの、その両者は、十分に、関連性を有している、とされました。
3.注意義務を認定することを妨げる政策的考慮が存在しないこと:貨物の損傷のリスクを負いう当事者は原告のみであり、また、被告に過失があればその結果損失を被ることを認定できる当事者もまた、原告であるから、不確実性(Indeterminacy)も認められない、とされました。
証拠を検討した結果、裁判所は、被告は注意義務に違反し、また、原告の請求する損失も、合理的に予見可能であり、被告の過失ある行為から直接、発生したものである、と判示しました。
コメント
本件は、貨物損害が生じた場合に可能となる、様々な請求原因、つまり、契約、不法行為、及び、寄託を提示しています(もっとも、本件原告が寄託については請求しなかったので、その点は、あまり展開されていません。)。また、シンガポール法の下では、純粋な経済的損失を過失に基づき請求する場合、原告は、その財産的利益を証明する必要がないことを、改めて、想起させてくれます。
以上
和訳: 田中庸介 (弁護士法人 田中法律事務所 代表社員弁護士)