事実
Jebel Aliからアントワープまでの運送航海において、本船は、バレンシアの海岸線付近で座礁し、船主は、共同海損を宣言しました。
荷主らは、船主に対し、Lloyd's Average Formによるボンドの形で、共同海損の担保を提供し、その後、その保険者は、英国海損精算人協会(Association of Average Adjusters(「AAA」))とロンドン保険業者協会(Institute of London Underwriters(「ILU」))の承認する共同海損補償状を発行しました。
荷主とその保険者らは、船主は、ヘーグ/ヘーグ・ヴィスビィー・ルールの第3条第1項に違反して、航海の前、又は、その開始時において、本船を堪航性あるもの、又は、適切に艤装されたもの、又は、適切に必要品を供給されているものとして確保するべく、相当な注意義務を尽くさなかったために、本件事故は発生した、と主張しました。仮に事故が船主によるヘーグ・ヴィスビー・ルール第3条第1項の違反により発生した場合には、1974年ヨーク・アントワープ・ルール(「YAR」)の規則Dに基づく提訴しうる過失の効果により、荷主に対し、共同海損の分担を請求しえないことは、争いがありません。
裁判所は、前提の争点として、AAA及びILUの標準書式により共同海損補償状を発行した貨物保険者は、荷主の持つ上記の同様の抗弁を主張できるか、について、判断することを求められました。
判決
裁判所は、共同海損補償状は、貨物保険者と船主との間の義務を生成するものである、との船主の主張を認めました。しかしながら、その義務は、共同海損の担保としてのボンドにより荷主と船主との間に存在する義務よりも大きな、また、広範な、若しくは、過酷な義務ではない、と判示しました。補償状は、荷主の義務をカバーするものであり、それ以上のものではない、とされました。
従って、AAA及びILUの認める標準的な共同海損補償状を発行した者は、YARの規則Dに基づく抗弁を提起すること、すなわち、共同海損の対象としての事象は、運送契約により求められる、本船の堪航性を保持するための注意義務を船主が尽くさなかったことから生じたものであることを根拠に、共同海損の分担を拒否することを妨げられない、と判示されました。裁判官は、この結論は、船舶業界において定着している実務に従うものであり、また、仮に船主が貨物保険者からその抗弁権を無くすことを意図するのであれば、その旨の明文の規定が補償状に含まれているべきである、と考えました。
コメント
本判決は、驚きをもって迎えられるものではなく、AAA及びILUの標準書式により共同海損補償状を発行した者も、荷主そのものに認められる、YAR規則Dに基づく抗弁権に依拠することができるという、船舶業界の実務を確認したものです。評釈者の中には、他の書式による補償状についても、同様の判断がなされるであろう、とされています。
以上
和訳: 田中庸介 (弁護士法人 田中法律事務所 代表社員弁護士)