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Marine Accidents and Management Responsibility
Hiroshi Sekine
Hiroshi Sekine
Senior Loss Prevention Director
Date
23 January 2023 23/01/2023

はじめに

昨年(2022 年)4 月 23 日北海道知床沖で、遊覧船”K”(乗組員 2 名、乗客 24 名乗船)が行方不明になり、捜査の結果同海域で沈没したことが判明しました。この事故で乗船者全員が死亡または行方不明となっており、この痛ましい結果に社会は大きな衝撃を受けました。現在、運輸安全委員会で調査が進められており、追って事故詳細や原因が判明するものと思われます。内航船の安全管理に関しては、2006 年 10 月“運輸安全マネジメント制度”が導入されました。これは ISM コードの日本版とも言われるもので、本制度では、事業者においては、自らが自主的かつ積極的に輸送の安全の取組みを推進し、構築した安全管理体制を PDCA サイクルにより継続的に改善し、安全性の向上を図ることが求められています。

一方政府は、2022 年 5 月 11 日事故対策検討委員会立ち上げ、同様事故再発防止に向けて検討され、12 月 22 日同検討委員会より、「旅客船の総合的な安全・安心対策」が発表されました。その報告書において、“速やかに講ずべき事項”として最初の項目に“事業者の安全管理体制の強化”が指摘されています。その内容は運輸安全マネジメントの強化であり、下記のことが述べられています。

「小型旅客船事業者に対し運輸安全マネジメントの取組を強化させ、経営トップの安全意識の底上げ・向上を図る。特に、経営トップの交代があった事業者等には、重点的に評価を実施する。」

このように、船舶運航管理の経営においては、経営トップの安全意識の底上げ・向上を図ることが重要であるとしています。これは、外航海運においても同様であり、ISM コードは“会社(Company)”、すなわち経営者(マネジメント)の責任を明確にしており、近年の海難事故においては、マネジメントの責任を指摘される事例が多く発生しています。本稿では、海難事故におけるマネジメントの責任に関し、過去の事例でどのように指摘されているかを分析し、マネジメントはどのような対応が求められるかを検討するものです。

マネジメントの責任が指摘された事例

“Herald of Free Enterprise”転覆

1987 年 3 月 6 日 RORO 客船 Herald of Free Enterprise は、ベルギーのゼーブルージュ港(Zeebrugge)をイギリスのドーバーに向け出港しました。しかし、船首部の扉を開放したまま外海に出た為、大量の海水が車両甲板に侵入、復元力を失い、横転し、乗客・乗組員をあわせ 193 名が亡くなりました。

 

 

Herald of Free Enterprise

 

 

ゼーブルージュ港とドーバー港

 

 

ゼーブルージュ港座礁位置

直接原因は、船首扉の閉鎖担当者である甲板次長が寝過ごし、船首扉を閉鎖しなかったことにあります。しかし調査を進める中で、なぜ一人の個人の過失をカバーするシステムがないのか(フールプルーフシステム)という疑問の中で、マネジメントの責任が問われることになりました。すなわち、本船や姉妹船では次のような経緯があり、マネジメントの不充分な対応が指摘されています。

  • 船首扉が開いたまま出港した例は、過去に数件あった。
  • 船隊の各船長より、船首扉の開閉を示す表示器を船橋に設置する要望が複数あったが経営陣はこれを無視した。
  • 「船橋および航海手順書」において、荷役担当士官は出港 15 分前に船橋に行くよう記載されており、荷役終了時に船首扉の閉鎖確認をするという業務と矛盾する。

 

本件裁判においては、船長、一等航海士及び甲板次長による職務遂行の重大な過失によって引き起こされたとしましたが、船主の過失も重大であると指摘されました。また、裁判所は経営陣に対し次のことを指摘しました。

  • 本事故の根本原因は会社の上層部にある。
  • 取締役会は、船舶の安全管理に対する彼らの責任を認識していない。
  • 取締役会のメンバーから Jr.スーパーインテンデントまで、経営にかかわるすべての人は、経営の失敗に対する責任を共有すると認識しなければならないという罪に対して、有罪であった。
  • 上から下まで、企業の体はだらしない病気に感染していた。

 

本事故は ISM コードの契機になった事故の一つと言われ、1993 年に ISM コードは採択され、1994 年 SOLAS 条約付属書に新たに第Ⅸ章を設け強制化されました。

マネジメント(経営者、陸上スタッフ)のあるべき姿

1.その他マネジメント責任を問われた海難事故例

上記例以外にも、過去においてマネジメントの責任を問われた多くの事故が、発生しています。そのいくつかをまとめたものが下表です。

 

上表の海難事例に関し、マネジメントの責任を問われた内容をまとめると、次の 4 項に集約することができます。(( )内は該当船)

  • 会社の安全意識の欠如 (本船管理責任に対する欠如) (HFE, EV, SS, KM)
  • 作業手順構築の必要性 (HFE, AC, EV, SS, QE, KW)
  • 会社の本船モニター/コミュニケーションの欠如 (HFE, SS, QE, KW)
  • 船内システムの訓練の必要性 (QE, RM)

 

注)
HFE/Herald of Free Enterprise, AC/Amoco Cadiz,
EV/Exxon Valdez, SS/Scandinavian Star, QE/Queen Elizabeth 2,
RM/Royal Majesty, KW/海王丸

これら 4 項目は、すべて ISM コードで規定されている内容であり、安全管理システムの構築及びその運用の重要性が改めて強調されるのです。

2.マネジメントのあるべき姿

マネジメントは船舶の安全管理に関し確固たる責任を認識することが重要です。また、海難事故はマネジメント及び組織全体の責任であるという意識も重要になります。

上記事例から結論つけるなら、マネジメントのあるべき姿とは、安全管理システム(SMS)の愚直なまでの実施といえます。それを実現するためには、マネジメントはあらゆる手段で陸上組織及び船舶の状況を把握することであり、現状をありのままにとらえられるシステムを構築することによります。それにより、業務手順の改善や、必要リソースの提供、訓練や教育の必要性の理解及び実施につながっていきます。マネジメント(陸上組織)は、常に船舶(乗組員)をサポートするという姿勢が問われるのです。

以上

参考文献

  • 知床遊覧船事故対策検討委員会中間取りまとめ 国土交通省
  • mv HERALD OF FREE ENTERPRISE (Report of Court No. 8074, Formal Investigation, DEPARTMENT OF TRANSPORT)